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明治20年代に出版された四日市祭の版画・・・華麗な祭礼絵巻が想像される。
戦前の四日市祭は、東海の三大祭といわれ、今に残る大入道、鯨船をはじめとする山車や練り物が30連も続き、絢爛豪華な祭礼絵巻を繰り広げた。 その伝統は古く、戦前北町にあった大山車には「延宝7年巳未七月」と記されていたといわれ、約300年前にその山車が存在していたことになる。
この四日市祭は、諏訪神社例祭の余興として、毎年9月25・26・27日の3日間行われていたもので、27日には諏訪神社に練りこんで演技を奉納した。
これら豪華な練り物も戦災でほとんどが焼失、疎開していた大入道と鯨船などがかろうじて難を免れた。
紙と竹で作った大入道の玩具(大正年代のもの)
その頃の主な山車
高さ8メートルにもおよぶ西町の大山
竪町の小山、活動人形唐子遊び
西町の大山と並ぶ北町の大山
下新町の小山,活動人形弁慶と牛若丸
四ッ谷新町の小山、活動人形髪洗い
比久尼町の大名行列
浜町の釣りもの、かさほこ時代人形
戦前の四日市祭

戦時中は大入道も戦勝祈願のタスキをかけて…
諏訪神社で演技を奉納する大入道…昭和32年